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1/25/2009 いかだに乗るな幸せって言葉はあるけど、幸せの実体はよくわからず、不可解だ。 幸せの尻尾をつかんだと思ったら、それは幸せとはまた別ものだった、あるいは「その瞬間は幸せだった」とか。 何とかなるだろう。でも「何とか」は望んだ未来じゃない。時間という川を、自我といういかだに乗って流されて、さて、どこへ向かっているんだ?その流れは均等のリズムで進行し、いつか「何とか」という岸にたどり着く。それが「何とかなる」ということだ。 いかだに乗っていると、錯覚を起こす。時間という川の流れは穏やかで、鏡の様な水面は一見、そこで止まっているかに見えるが、時おり誰かが小石を投げ入れ、滑らかな水面に細かい波を立てる。細かい波は、川の流れに押されて歪む。歪みを垣間見たその刹那、そこに時間という川があることを思い出すのだ。 流されたいのか?否、舵取りをしたいのだ。 いかだに乗ってはいけない、自在にあやつれる、立派な舵のついた船に乗るのだ。 1/4/2009 2008 年末雑感1・ さみしさを紛らわすためにネット上に仲間を作ったが、数年の後、さみしさの大元が解決され、俺はネット上に存在した何百人の仲間たちと疎遠になった。 問題解決は好ましいが、それがまた新たなさみしさを招くことになろうとは、なんとも皮肉である。 いつでも、どこでも、人間関係が生まれるかぎり、我らはさみしさと付き合い続けなければならない。それが良いことか悪いことなのかは、俺にはまだわからない。 2・ 超自然の神通力を求める、いわゆるスピリチュアリストたちは、神通力とは正反対のところに真の力が存在することに気が付くべきなんだ。 その証拠に、神通力を使おうと思って、おまじないを実践しているときより、わらをも掴む思いで必死に現実と戦っているときのほうが、結果として大きな力に庇護されている様に感じるではないか。 3・ 仏教で説かれる三悪のひとつ「嫉妬」は、傍から見れば同情じみた風情だが、結局のところ、子供がだだをこねるのと同じ様なもの。嫉妬するうちは、己れを高められていない、ふわふわと中空を漂う未熟な魂であると思う。 4・ 「最近の若い者」のことを、時折思う。凶悪なイメージでとらえる人、怠け者のイメージでとらえる人、人々の意見は一様である。 若い者、という響きには、良い印象が無い。だが実際は、若年の凶悪犯罪は減少傾向だし、就業にしても、バブルのころより意欲的だろう。 残念ながら、いつでも若い者はろくでなしなんだ。 でもね、その「ろくでなし」どもが、歳をとり、大人になって、今の社会を成り立たせたことを忘れちゃいかんよな。 5・ 久々に仲間たちと会った。30人は集まったか。 死んでしまった友の三回忌と、その友を看取った友の誕生日と、あわせての会合だった。 それぞれが好き勝手に語らいあう中、最期を看取った誕生日の友がマイクをとり、皆の前で語りはじめた。 「実は、奴がいよいよダメだとなって、考えたんだ。ビデオメッセージを残せたらな、って。 で、奴にカメラを持たせたんだよ、友達ひとりひとりに何か言え、ってね。 奴はホントに丁寧に、ひとりひとりにメッセージを録画したんだ。 三回忌にはみんなでそのビデオを見るつもりだった。 でも、ごめん、俺、うっかりそのビデオに重ね撮りしちゃったんだよ。 ・・・サイテーだよな。 だから、あの時あいつがしゃべった内容を、ひとりずつ個別に話します」 彼はその後、ひどく酔っぱらって、電話と上着と家のカギを残したまま行方不明になった。 6・ 期せずして今年最後の日の出を見た。最後の日の出は、来年の初日の出と、そう変わらない。 クリスマスはキリストの誕生日とされているが、実際は違うとも言われる。 一年で最も日が短くなる冬至のころ、これから少しずつ日が長くなるのを祝って、訪れる新しい年に、新しい命に感謝を捧げる古い祭りを、いにしえのキリスト教信者が神の子キリストの誕生に掛けたのだ、と。 元日は地球と太陽との距離が最も近くなる。 クリスマスから元日に掛けては、我ら生きる者の根幹「太陽」を思う時期なのかも知れない。 太陽は、神道でいうところの天照大神。初詣だ。 12/14/2008 三つ子の魂子供は親の背中を見て育ち、親の生き様がスタンダードであると思い込む。 鳥の親子と同じ、刷り込み効果だ。 だから、社交性の豊かな子供に育って欲しいなら、まず親が社交的でなくてはならない。 それでも三つ子の魂百まで、親である自分の性格は、今さら変わらない。例えば、自分はいさかいの多い頑固者の親だ、とか、好き嫌いがはっきりしている、などの性格上の自覚があるなら、子供を旅に放り出したほうがいい。 旅の過程で、子供は師匠となる誰かと、たくさん出会うだろう。 師匠の数だけ、子供はあまたある人生というドラマを吸収する。 その裏側にある教訓と共に生きる様になる。 だから、子供に教えるのは、旅に必要なノウハウだけで充分だ。 子供は道程で、自ら学ぶだろう。 技術的な勉強は大切だ。 でも、もっと大切なのは、考え方や生き方は一つではない事を悟る能力である。 山本さんへ
山本さんへ 11/2/2008 ハンティング昼間のクソ大渋滞からは想像も出来ないほど真夜中の道路は誰もいない。6車線道路のずっと向こうまで街灯は連なって、上空にそびえる首都高速道路と相まって光る巨大ムカデの様に見えた。俺と加藤は獲物を探し、かれこれ一時間は走っただろう。毎週決まって入れ食いの土曜の晩ならいざ知らず、平日の今夜はどうもヒットしない。やつらが平日に出てこないとなると、案外、昼間はちゃんとした職業についているのかも知れない。俺たちの頃は完全にドロップアウトした奴らばかりだったが、集団で走ることすら無くなった最近の暴走族(・・・族じゃないな、なんて呼んだらいいのか)には、俺たちには分からない彼らなりの事情があるのだろう。もっとも、この世知辛い世の中でちゃんとした職業についていなければ高価なガソリンすら買えないだろうから、リスクを冒し駐車中の車からガソリンを盗むでもしなければ、昔の様な生き方はなかなか難しいのが現状だ。血のにじむ努力で稼いだ金を、真夜中に爆音を撒き散らすだけのアホな走りにつぎ込むのか?バカというか意味不明というか、そんなことで面白くなれるのだから、うらやましいとも思ったりする。まあ、もっとも俺たちだって、やってる事はやつらと変わるところなど無い。俺たちは追う方、奴らは逃げる方、という立場の違いはあるが、奴らと俺たちの大きな違いは、奴らは恐怖を覚えるだろうが、俺たちにはこの上ない喜びが待っているということだ。そろそろ奴らは気がついたろうか、ゲームはやつらが始めるんじゃない、俺たちが始めるのだということを。それを察知してか、最近になって奴らを見かけることが少なくなった様な気がする。ひょっとして俺たちは社会貢献をしているのではなかろうか、と、ふと思ったりもするが、結果が血みどろの惨状では反社会的であることは明らかだ。自分たちを正当評価してはいけない、俺たちは飽くまで「ゲーム」をしているのだ、結果がどうあれ、俺たちの求めているのは社会貢献などではないことを暗黙のうちに申し合わせていた。 山手通りを真っ直ぐ進み、中野方面へ右折すると、誰もいない道路のはるか向こう側に、左右に揺れるテールランプが見えた。街灯の多い幹線道路と違い、夜の闇が重くのしかかってくる。この闇だ、これが俺らの血を騒がせる、エンドルフィンが音を立てて脳内に溢れるのが分かる。それは加藤も一緒だろう。俺と加藤はお互いを見合い「いくぞ」という意味合いのハンドサインを出した。俺たちは一気にアクセルをひねり、強大なエンジンのひねり出すトルクに任せるまま、一気に160キロまで加速した。そして、テールランプの手前約500メートルあたりでキルスイッチを押し、エンジンの火を落とした。全ての灯火を消し、惰性だけで奴らに近づく。先ほどまで響かせていた野太いエンジン音は、チェーンの回転するシャリシャリした乾いた音だけとなり、奴らに聞こえることはないだろう。暗闇から高速で忍び寄る様は、まるでステルス戦闘機で隠密の破壊活動をするパイロットの気分だ。あと100メートル、50、4・・・3・・・2・・・
9/19/2008 冬の星座
真正面にオリオン。左手に持つ琴座の二つ星がハッキリと見える。右手に鋭い三日月が、わざわざしつらえた様にしらっと鎮座しており、まるでオリオンがカマを振り上げている様だ。スバルの星々が数えられるほど綺麗に見えるのは、空気が澄んでいる証拠である。ここしばらく雲に覆われていた夜空が、明けてみるとすっかり冬の星座に支配されていた。 夏 ― サウダージ ―連日の豪雨から脱した感があるのは、盛夏の頃から比べ、太陽の軌道が南に傾いたからだろう。陽の力は落ち、もはや大地は熱を保たず、上昇気流も穏やかだ。
夏の終焉は、過去の彼方の、とっくに終ってしまった縁を想わせ、一瞬の呼吸困難を誘発する。 体によくないぜ、と一人ごちて、それでもなお感傷という麻薬に溺れるのは、それが快感だからに決まっているのだ。 今さら、あの人に会いたいとか、あの時の続きを、なんて思わないが、思い出の数々を、ふとした弾みにむさぼるのは、9月の西陽、夏の終わりのサウダージ。 俺はどうやって更正すればいいのか、毎年この時期になると悩ましい。 さようなら。この夜の冷え込みは、いよいよ君が去ってしまったことを俺に知らせるよ。目の前にはオリオン座が居て、夜に蝉は鳴かなくなったし、遠くに貨物列車の乾いた音が聞こえる。君のふところで、俺は肌を焼く女どもを眺めながらビールでも飲むつもりだった。歳を重ねるごと、君と疎遠になる様な気がするけど、俺は君のことを家族だと思っているんだから、君も俺を家族だと思って、早く戻ってきてほしい。君が居ないと、頭がおかしくなりそうだ。でなければ俺が君に会いに行くよ。全てを投げうってでも。
7/29/2008 映画休日。 遠足に行く子供が、前夜なかなか寝付けず、それでも朝早く目覚めてしまうのに似て、いつもより早く起床してしまった。寝室を抜けリビングに出ると、飲みかけのグラスや読みかけの文庫本から、夜更かしの残り香が漂ってくる様だ。 久しぶりに見た妙な夢が、どんなストーリーだったのかハッキリ思い出せず、ぼやぼやしているうちに記憶はすっかり霧散した。夢なんて、どうせ記憶の整理なのだ、と負け惜しみじみたことを思いながら、目覚めたときにメモしておけば良かったと後悔した。 後悔に値するストーリーだった。 俺は誰なのか、を紐解く鍵が、夢の中のどこかに隠されている、そんな青臭い理由で高校生の頃から書き始めた夢日記も、最近はどこかに打ち遣られ、久しく姿を見ていない。 俺は誰か、この歳になってまだ自問している。 深酒をしたせいか、目覚めから水ばかり飲んで、うっかり腹が減っていることに気付かなかった。 何か作ろうと冷蔵庫を開け、隅から隅まで食材を探したが、欲しいものが無いと分かると、そこらへんにある適当な衣服を身につけ、近所のファミレスに向うことにした。 よく晴れた明るい朝だった。 日頃通らない道を選び、あまり目にすることのない近隣の竹林を眺め歩く。まだ午前8時を過ぎたばかりだというのに夏の太陽は無慈悲に俺の肌を刺した。背中に汗が流れた。すでにセミたちは大合唱を始めており、アスファルトの上に陽炎がたっていた。 駅前の丘を越える長い登りの階段までたどり着くと、上品なスーツを着こんだ恰幅の良い紳士とすれ違った。階段を登りきったところで振り返ると、景色を歪めるほど激しくのぼりたつ陽炎の中に紳士は消えていた。 この人たちは何を生業にしているのだろう、社会的地位の高そうな男たちが、皆一様に携帯電話で何かを話しながら朝食を摂っていた。俺はサラダとハンバーグとコーヒーを注文し、タバコに火を点け、持ってきた読みかけの文庫本を開き、4ページ読む間もなく食事が運ばれてきた。 たっぷり30分かけて食事を終えた後、コーヒーを飲んでいると、期せずして今朝の夢の全貌を思い出すことになった。隣の席に「いかにも金持ち」ふうの初老の男、そしてその愛人と思しき若い女が座ったからだ。俺が見た夢に瓜二つの状況だ。 ・・・とっくに忘れていた東ヨーロッパのB級映画のワンシーン、初老の紳士が街で出会った若い女に、豪勢な食事を振る舞う光景である。映画の中の紳士はマンマとだまされ、若い女に逃げられてしまうが、今朝見た夢の中の女はどこまでも紳士に付き纏い、それを疎ましく思った紳士は彼女を東京タワーに置き去りにする・・・他にもいろんな場面があったが、今朝の夢はそうやって幕を上げた。それに続く全体的なストーリーは、件の東ヨーロッパB級映画だけでなく、いくつかの映画の断片だったかもしれない。 映画には心に残る素晴らしい名作もたくさんあるが、その日のうちに忘れてしまう陳腐な駄作もある。今朝の夢はいわば忘れ去ったはずの駄作の集合体だったのだ。 忘れたはずのいくつかの映画と再会したことで、俺はそれらが何という映画だったのか知りたいと思った。 知ったからといってもう一度見るかどうか分からないが、それら忘れても差し支えないストーリーのどこかに懐かしく思える部分があったからこそ、期せずして夢に再現されたのだろう。我々の日常生活だって、B級映画と何が違う。とり立てて大きな冒険も、感動的な逸話も、世界が驚く奇跡も無い。でもそれぞれの時間の中に吹けば飛ぶような小さなドラマが分散していて、その時は他愛ない事も、思い出の中で蓄積され、えもいわれぬ妙なストーリーが完成する。 まるで、ニューシネマパラダイスのラストシーン、無意味なキスシーンの連続にも似た。 外に出ると、あれだけ晴れていた空が、いつの間にか曇っていた。 風が出てきたから、ひょっとしたら雨が降るのかもしれない。 だらだらと家に向け歩きながら、俺が俺であるために何をかしなければいけない、ならば何をしたら良いのか、を考えた。考えても簡単に答えなど出るはずもなかったから、俺の生活はまだまだ陳腐なB級映画を演じ続けなければならないのだろうか。 丘を下る階段で、朝方すれ違った恰幅の良い紳士と再びすれ違った。 スーツの上着を脱ぎ、真っ赤な顔を扇子で扇ぎながら、息も絶え絶えに階段を登っていた。
6/1/2008 襲わないでね246をずっと西に向かい、たどり着いたのは川崎の住宅街、一人暮らしだとばかり思っていたのだが、どう見てもこの豪邸は両親と一緒に住んでいるだろう。 「・・・大丈夫なのか?」 「何?」 「親」 「伊豆の別荘に行ってて留守なのよ」 青いランプが、薄暗い部屋の片隅に光っていた。 白い壁、白い床、ソファーまで真っ白だった。 天上にぽつんと取り付けられた10ワットの裸電球の仄かな明かりよりも、部屋の隅に光る青いランプの影響が部屋全体を支配して、まるで海底に居る様で、その青は俺の心を支配した。 ワイン、飲む? ああ、イイね。 アシッドジャズ。 ボルドーの赤ワインに山羊の臭いチーズ。 彼女は自分の描いたデッサンやドローイングを床に広げ、俺たちは肩を並べて鑑賞した。 鑑賞しながら語り、食い、飲んで、時おり彼女の作品とは全く関係ない話に脱線したり、笑ったりした。 ワインは一本、また一本と空き、無地のカーテン越しに朝の明かりが見える様になる頃、俺たちはすっかり眠くなってソファーの上に転がった。 アシッドジャズはもう鳴っていなかった。 覆い被さるように抱きついた彼女は俺の額に自分の額をくっつけると 「襲わないでね」 とつぶやいた。 その時の彼女の瞳の具合を、どう表現したらいいのか、今でも思いつかない。 5/27/2008 あなたを悲しくさせる理由人を悲しくさせる最も愚かな理由は、自分に対する評価が低いと思い込むことだろう。
わたしのプライドを尊重せよ、もっと良い境遇を用意せよ、何故わたしを解らないのだ、解ろうとしないのだ、何故わたしの評価はこんなに低いのだ!そして、どんなものと自分とを比べているのかは分からないが、自分の理想とする存在をうらやましく、また、恨めしく思ったりする。 そんな玉ねぎ剥きみたいなことは、つまらないからやめたほうがいい。 誰の歌だったかな 少年は魚になりたいといい 少女はかもめになりたいといい ふたりとも大人にしかなれなかった 今日もそこで日が暮れる 魚とかかもめは難しいが、工夫すれば何とかなりそうじゃないか? それを何とかしなかったのは自分じゃないか? 評価が足りなかったら、評価されるまでやればいいだけの話じゃないか。もっと強くなればいいだけだ、日々の5分間筋肉トレーニングでも、ボディビルダーにはなれる。簡単な事じゃないか。 いつまでも少年少女で居られればいいが、そんなことを考えているうち、時間ばかりが足早に通り過ぎる。 俺?俺はこれから俺の作る音楽で世界を満たし、俺の光で世界を救ってやるぜ。 5/24/2008 必要頭がズキズキする。目を開けたいのだが、まぶたを上げようにもそれ以上の力で上から押し戻され、まるで目が開かない。ただでさえ暗い店内が、開かない目のせいで余計に暗い。 ここはどこで今何時で何故ここにいるのかとか、目覚めた瞬間はとても混乱するのだが、そのキャストアウェイ的な浮遊感がまた気持ち良かったりする。 それが欲しくてバーに足を伸ばすのかも知れない。 バーは天国だ。本当に何でも忘れさせてくれる。(まあ、明日には思い出すのだが) カウンターの向こう側にバーテンダーの姿は無かった。 「にいさん、いい感じね」 不意に隣から丸っこい印象をともなった柔らかい声が聞こえて目をやると、髪をアップにした若い女が隣の席で俺の目覚めの一部始終を鑑賞していた。片肘をついた手は頭を包み込み、うつろな目をして、言っちゃなんだが彼女も相当出来上がっている。 俺は口の周りを手で拭った。ヨダレでも垂れていやしないかと心配したのだ。 「何をそんなに飲んだのかしら?」 「カリラ」 「へぇ!世の中にはカリラなんてお酒があるの?」 「ウイスキーの銘柄だ。美味いよ。たくさん飲んで、だから酔っ払った」 「それ飲んでみたいなぁ」 俺はもう飲みたくなかったし、ホントなら誰とも話したくなかったのだが、久しぶりの上物鴨ネギじゃないか、酔ってうつろな目をした綺麗な女は大抵の男の大好物、そんなふうに、回らない脳みそはもはや原始的な部分しか働かなかったみたいだ。 「飲んでみたいのはいいけど、クセがあるよ。それでも飲んでみたい?」 「芋焼酎みたいなの?」 「違うな。コケみたいな味だ」 「コケ食べたことあるの?」 「ないよないけど、例えるならそんな感じ」 俺はついついそこらに居る店員に声を掛けて、カリラのダブルをロックでオーダーしちゃった。 「お酒の発明は偉大よね」 飲むつもりのなかったカリラが3杯目、女は球形の氷をつるつると指で遊びながら、なんだかとても基本的なことを言った。 「発明、じゃなくて発見だと思うけどな」 そんなのどうでも良かったけど、咄嗟に反応してしまった。 「サルが腐ったぶどうを食って気持ち良く酔っ払っていたその様子を見た人間が、恐る恐るそれを食ってみた。そしたら美味かったんだよ、きっと。美味いだけじゃない、浮ついた気分になれたのも良かったのかも知れないね」 「・・・お酒を飲む習慣があるから、お酒を作る会社はつぶれない」 彼女はこちらを見ずに、そんなことをこそっと言った。 「え?」 「世間に『それがないと生活出来ない』と思わせるのよ。そしたらみんながそれを買ってくれるじゃない?」 「何の話?」 「例えば、お醤油だって『お醤油が無いと生活できない』と思わせているから売れるのよ」 「それがどうした?」 女はグラスを持つとちびりと口に運び、俺を無表情で見た。 「必要だと思わせるテクニックは、酔わせることなのよ」 無表情だ。 「あたし、自分でパワーストーンのブレスレットを作って売っているんだけど、結構売れるのよ」 それがどうした? 「考えてみて。パワーストーンって一回買ったらみんな後生大事に扱うでしょ?」 ・・? うん。 「買ったら普通、それっきり、が普通でしょ?」 まあ、そうだね。 「だから、何かの理由をつけて『時期がきたら買い換えよう』と思わせるのがいいのよ」 うん。 「でね、浄化グッズとか、パワーがあるかどうかを見定める力のあるヒーラーを用意するのよ」 うん。 「グッズや鑑定料でも儲かるけど、ある程度時期がきたら『この石のパワーはすっかり落ちています』とか『邪気を吸い込んでいる』とかの脅しを掛けて、石を土に埋めさせたり、川や海に流させるのよ」 うん。 「その風潮が定着したらあたしのやってることだって酒屋さんやお醤油屋さんみたいに絶対必要な業種になると思わない?」 うん、そうだね。 5/21/2008 選択この高原から見える景色は全てが南に傾斜しており、南の空がまるで劇場の舞台の様に高く見える。夕暮れの衣擦れは徐々に遠くなり、地球の自転が最も早い赤道に近いバリ島は、あっという間に空を真っ黒に染めるのだ。その黒は、実は青が濃くなったものだということを実感させる見事な藍色が、昼と夜の境目の僅かな時間、空を覆う。南十字星が見える。
Y子と踊った日々はもうふた昔も前になるが、きっと海辺の繁華街は今でも変わらず、まばゆいライトに照らされて、オージーやヨーロピアンたちが闊歩するエキゾチックで怠惰な雰囲気に包まれているのだろう。 遊び人だったくせに、なんでこんな田舎に嫁いじまったんだろう、そう思いながら俺は、木製の椅子とも踏み台とも言えるものに腰をおろして、隣に住む姑が淹れてくれたコピをすすりながらY子の帰りを待っていた。 満天の星が手ですくえるほど煌く夜になって、ようやくY子は帰ってきた。Y子の亭主は胸板の厚い、ちょっとジョンローンに似たいい男だった。泥の付いたTシャツにはリーバイスそっくりのリーブスというロゴが描かれていた。アパカバール?バイクバイクサジャ。月並みの挨拶を交わすが、愛想笑いを残すと、亭主はそのままマンディに向かった。 この子はこんなに歯が白かったのだ、と思わせるほど歯の白さが目立つまでに焼けて真っ黒になったY子は、もはや俺の知るY子ではなかった。ネイルアートをしていた指は、ボロボロになった爪が土を含んで黒ずんでいたし、プアゾンを漂わせていた肌からは饐えた汗のにおいがした。 「あの時は絶対この人だ!って思ってたのにね。今さら考えると焦りすぎちゃったのかな、って思うことはある」 20数年ぶりの再会にも拘わらず、Y子はマンディにも行かず、饐えた体臭にも気を遣わず俺の傍らの地べたにしゃがみこんだ。 「変わったね」 「変わらなきゃ生きていけないもの」 彼らの子供たちが姑の家から出て、走り寄ってY子に抱きつく。子供たちのTシャツも父親のリーブスのTシャツ同様、泥沁みで汚れていた。 「家族が居るとね・・・後戻りできないじゃない」 思い通り、楽園で生活してるじゃないか。 「楽園?見れば分かるでしょ?アマンダリとは雲泥の差よ」 それは君が選択したんだ。 「そうね」 失敗したんじゃない。君はこんな絵を、今まさに描いている最中なんだ。 君が納得するかどうかは分からないけど、少なくとも傍から見ている俺には面白い絵だと感じるよ。 スピリチュアル悪い世の中になればなるほど、人は目に見えないものに頼る様になる。確実な未来があるのだと約束めいたものが欲しくなる。
結局のところ、確実なものを手に入れたいなら、自らの信じる道を一歩一歩あゆまねばならないことは歴史が証明している。濡れ手で粟を期待するうち、時間は駆け足で行き過ぎる、そんなもんだ。 げんを担ぐのは悪くない。世間に注目される様な成功者は大抵、大なり小なりのげん担ぎをしてきたはずだ。担いだげんが、結果として何かしらの成果をもたらすなら、どんなおまじないでも試すだけの価値はある。 だがきっと、そこに弛まぬ努力があったからこそ、結果としての成果が残ったのだ。げん担ぎが気分を盛り上げたことは否めないが、本質は努力である。 げんを担ぎ過ぎ没頭し過ぎて、そればかりに溺れることは、アンバランスこの上ない。バランスを欠いて良いことなどひとつもないはずである。 つまりまあ、げんを担ぐ前に、バランス感覚を養うほうが先決だ、という話。 実はこれが一番難しい。 金粉俺は金粉を出す。
最上の芸術
天才技が必ずしも最上とは限らない。最上なものは、その時々の感性に因る。 スピリチュアル
些細な事で幸せになれるなら、幸せという感覚が感じられるなら、その些細な事を大切にするよ。
警察官の目は証拠として有効か
今日はとてもいい天気で、しかも時間は午後1時だった。 3/11/2008 航空路深夜0時20分。毎晩この時間前後に、俺のベランダから見上げる南の上空を通過する飛行機がある。
風呂上りにベランダで涼みながら一服していると、高い空からジェットエンジンの音が届いて、ああ、例の飛行機か、と俺を和ませる。 左右の翼に赤い灯りがともり、後方にうっすらと暗く飛行機雲を引いている。月の出ている晩は、眉間に留まる月の光を受けて、まるで100年周期で回ってくる彗星の尾の様で美しい。 あの飛行機は毎晩、どこから来て、どこへ行くのだろう。 今夜、いつもの様にベランダに出て一服しながら、さて飛行機が来る時間だ、と待っていたのだが、0時30分になってもやって来やしない。 欠航か、それとも時間の変更があったのか。 こんな夜はちょっと寂しい。 誰が搭乗しているのかは分からないけど、毎晩俺の傍を定期的に通過する航空機から届く人肌を愛しく思うのに、来ないとなると、ちょっと寂しい。 ミラーボール
俺のDOHCカワサキZ1-Rを唸らせて、まるで島から島を渡り歩く様に夜のしじまを切り裂き向かう先は、ミラーボールみたいな、透明なスーパーボールの中にキラキラ輝くラメみたいな、甘い香りのする街だった。 8/26/2007 奇跡き‐せき【奇跡・奇蹟】 1 常識で考えては起こりえない、不思議な出来事・現象。「―が起こる」「けががなかったのが―だ」2 キリスト教など、宗教で、神の超自然的な働きによって起こる不思議な現象。 「奇跡なんて起きないわ」 この夏何日目かの熱帯夜、俺たちは飲み物と、ちょっとしたスナックを買うために街に出た。 欅並木のメインストリートには、数軒の店を残して灯りが落ちており、深夜営業のスーパーなどから洩れる光線が、まったりと蒸し暑い夜にまだら模様の闇を醸し出していた。 じっとりと汗ばむ夜だったが、俺も彼女も付き合いはじめの頃と変わらず手をつないだ。お互いに偏りなくバランス良くつないだ手は汗でじっとりと湿っていた。だからと言って手を離す事は無いのだ。並んで歩く際に手をつなぐ習慣は、既に10年も続く俺たちのスタンダードだった。 「ねえ、このヌルヌルするのって私の汗だと思う?」 「いや、きっと俺の汗だよ。男の方が体温が高いだろ」 あなたと手をつないでいると、私も男みたいに体の中からジンジンと熱くなるわ。暗闇で彼女がどこを見ているのか良くわからない。俺を見ながら言ったのだろうか、それとも、彼女の網膜は、この熱帯夜の醸し出す濃厚な闇と光を映しているだろうか。 渦を巻く様な、特濃のマーブル模様。 部屋でちょっとした意見の相違があり、険悪な雰囲気になった。誰しもがそうだろうが、お互いがお互いのためのクールダウンが必要だった。それは俺たちにしたって同様である。俺は自室に向かい、コレクションしている宝石たちを見たかった。とりわけ、彼女と出会った頃俺のもとにやって来た神聖なるルビーと対峙したかった。 コレクションボックスから聖なるルビーを取出し、仰向けに横になると、ルビーを額に置いて静かに目を閉じる。そうやって心の平安を求めるのが好きなのだ。 「また奇跡?その石は一体いつになったら奇跡を起こしてくれるのかしらね」 どれくらい眠っていたのか分からない。彼女はシャワーを浴びて濡れた髪を拭きながら俺を覗き込んでいた。 「・・・いつから見ていた?」 「ビールが無いんだけど、どうする?」 24時間営業のスーパーで買い物を済ませると、もと来た道を帰った。 帰りには話をしなかった。 手はつないでいた。 闇を見ながら、歴史上の奇跡の数々を思い起こしてみた。だが、そのいずれもあまり幸せそうに感じられないのは、それが自分の奇跡ではないからだろう。 なんだか遠くの遺物としか捉えられない。 彼女が「流れ星見えないかなあ」とひとりごちた。 |
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