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第 1 张,共 209 张

Nishimura Hideaki

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神出鬼没、愛の宝石商です。
アレキサンドライトキャッツアイ、スターパパラチア、パライバトルマリンキャッツアイ、スタールビーなどがメインです。
あなたにご縁のある石を選ばせて頂きます。お気軽にメールくださいませ。
その他、よろずご相談承ります。万事OK!メールアドレスはjl_padma@yahoo.co.jp

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俺の事なら llllllll_hide_llllllll ←を検索して知れ!Lの小文字が8本だ!
2009/1/25

いかだに乗るな

幸せって言葉はあるけど、幸せの実体はよくわからず、不可解だ。

幸せの尻尾をつかんだと思ったら、それは幸せとはまた別ものだった、あるいは「その瞬間は幸せだった」とか。

何とかなるだろう。でも「何とか」は望んだ未来じゃない。時間という川を、自我といういかだに乗って流されて、さて、どこへ向かっているんだ?その流れは均等のリズムで進行し、いつか「何とか」という岸にたどり着く。それが「何とかなる」ということだ。

いかだに乗っていると、錯覚を起こす。時間という川の流れは穏やかで、鏡の様な水面は一見、そこで止まっているかに見えるが、時おり誰かが小石を投げ入れ、滑らかな水面に細かい波を立てる。細かい波は、川の流れに押されて歪む。歪みを垣間見たその刹那、そこに時間という川があることを思い出すのだ。

流されたいのか?否、舵取りをしたいのだ。

いかだに乗ってはいけない、自在にあやつれる、立派な舵のついた船に乗るのだ。


2009/1/4

2008 年末雑感

1・ さみしさを紛らわすためにネット上に仲間を作ったが、数年の後、さみしさの大元が解決され、俺はネット上に存在した何百人の仲間たちと疎遠になった。
問題解決は好ましいが、それがまた新たなさみしさを招くことになろうとは、なんとも皮肉である。
いつでも、どこでも、人間関係が生まれるかぎり、我らはさみしさと付き合い続けなければならない。それが良いことか悪いことなのかは、俺にはまだわからない。


2・ 超自然の神通力を求める、いわゆるスピリチュアリストたちは、神通力とは正反対のところに真の力が存在することに気が付くべきなんだ。
その証拠に、神通力を使おうと思って、おまじないを実践しているときより、わらをも掴む思いで必死に現実と戦っているときのほうが、結果として大きな力に庇護されている様に感じるではないか。


3・ 仏教で説かれる三悪のひとつ「嫉妬」は、傍から見れば同情じみた風情だが、結局のところ、子供がだだをこねるのと同じ様なもの。嫉妬するうちは、己れを高められていない、ふわふわと中空を漂う未熟な魂であると思う。


4・ 「最近の若い者」のことを、時折思う。凶悪なイメージでとらえる人、怠け者のイメージでとらえる人、人々の意見は一様である。
若い者、という響きには、良い印象が無い。だが実際は、若年の凶悪犯罪は減少傾向だし、就業にしても、バブルのころより意欲的だろう。
残念ながら、いつでも若い者はろくでなしなんだ。
でもね、その「ろくでなし」どもが、歳をとり、大人になって、今の社会を成り立たせたことを忘れちゃいかんよな。


5・ 久々に仲間たちと会った。30人は集まったか。
死んでしまった友の三回忌と、その友を看取った友の誕生日と、あわせての会合だった。
それぞれが好き勝手に語らいあう中、最期を看取った誕生日の友がマイクをとり、皆の前で語りはじめた。
「実は、奴がいよいよダメだとなって、考えたんだ。ビデオメッセージを残せたらな、って。
で、奴にカメラを持たせたんだよ、友達ひとりひとりに何か言え、ってね。
奴はホントに丁寧に、ひとりひとりにメッセージを録画したんだ。
三回忌にはみんなでそのビデオを見るつもりだった。
でも、ごめん、俺、うっかりそのビデオに重ね撮りしちゃったんだよ。
・・・サイテーだよな。
だから、あの時あいつがしゃべった内容を、ひとりずつ個別に話します」
彼はその後、ひどく酔っぱらって、電話と上着と家のカギを残したまま行方不明になった。


6・ 期せずして今年最後の日の出を見た。最後の日の出は、来年の初日の出と、そう変わらない。
クリスマスはキリストの誕生日とされているが、実際は違うとも言われる。
一年で最も日が短くなる冬至のころ、これから少しずつ日が長くなるのを祝って、訪れる新しい年に、新しい命に感謝を捧げる古い祭りを、いにしえのキリスト教信者が神の子キリストの誕生に掛けたのだ、と。
元日は地球と太陽との距離が最も近くなる。
クリスマスから元日に掛けては、我ら生きる者の根幹「太陽」を思う時期なのかも知れない。
太陽は、神道でいうところの天照大神。初詣だ。



2008/12/14

三つ子の魂

 

子供は親の背中を見て育ち、親の生き様がスタンダードであると思い込む。

鳥の親子と同じ、刷り込み効果だ。

だから、社交性の豊かな子供に育って欲しいなら、まず親が社交的でなくてはならない。

それでも三つ子の魂百まで、親である自分の性格は、今さら変わらない。例えば、自分はいさかいの多い頑固者の親だ、とか、好き嫌いがはっきりしている、などの性格上の自覚があるなら、子供を旅に放り出したほうがいい。

旅の過程で、子供は師匠となる誰かと、たくさん出会うだろう。

師匠の数だけ、子供はあまたある人生というドラマを吸収する。

その裏側にある教訓と共に生きる様になる。

だから、子供に教えるのは、旅に必要なノウハウだけで充分だ。

子供は道程で、自ら学ぶだろう。

技術的な勉強は大切だ。

でも、もっと大切なのは、考え方や生き方は一つではない事を悟る能力である。


山本さんへ

 

山本さんへ


山本さんについて書くのは、これが最後になると思う。
27日にちょっとだけ事務所に顔を出すだろうけど、それは社員証や防寒着や、デジタルカメラを返却に来る、辞表を持ってくるだけの、大した時間じゃないだろう。


山本さん、あなたは不幸な境遇と生い立ちを背負って生きてきた。大切な事を親から教わることが出来なかったのは、確かに不公平だと思う。
だからあなたは今34歳だけど、20歳そこそこの若造と変わるところが無い様に感じるのも致し方ないことなのかも知れない。
あなたは学び方以前に「方法」を身に付けてしまった。まるで、怒られるとすぐ腹を出してカワイイふりをする犬ころみたいに。でも、それが通用するのは、せめて23歳くらい迄なんだ。あなたはそれ以降の処世術を知っていなければいけない年齢になっていたんだ。
同情や哀れみがあなたの味方だった時間は、とっくに終わっていたんだ。


山本さん、社会は多様で、面白い事や気持ちの良い事に満ちている。でもそれは、ジャングルに様々な花が咲き乱れているのと似たようなものなんだ。美しい花々の間には、恐ろしい食虫植物が、あんぐり口を開けて待っていたりもする。
花は選ばなければいけない。
特定の花を選んだら、彼ら彼女らを受粉させる勤勉なミツバチでいなければいけなかったのだ。
それをあろうことか、山本さん、あなたは、魅力的な香りに、誘われてはいけないウツボカズラの胃袋に自ら落ちた。あなたの悲劇的なところは、ウツボカズラの胃袋に落ちたことすら気付かずに、消化液の中でのうのうとしていたことだった。
あなたは消化され、別の生き物の栄養になる。
あなたにとっては一大事かもしれない。でも、広いジャングルはいつも通りの美しいさまを呈して、そこにある。


山本さん。
花を見極めよう。
花を見極めるためには、もっと飛んで、飛ぶ事を、蜜の集め方を、太陽の方向を、危険な植物を、季節を、学ばなくてはいけない。あなたはまるで古いマッキントッシュのコンピューターみたいに、骨董的な価値観しか持っていなかった。


山本さん、俺にはもう出来る事が無いけど、俺が言ってきた事を思い出して。
周りを良く見聞きし、書き残し、反復して読み、咀嚼して様々な事を学んで欲しい。
決して面倒がらず。
勉強だけが唯一、あなたを助けてくれる。


さようなら、山本さん。

2008/11/2

ハンティング

昼間のクソ大渋滞からは想像も出来ないほど真夜中の道路は誰もいない。6車線道路のずっと向こうまで街灯は連なって、上空にそびえる首都高速道路と相まって光る巨大ムカデの様に見えた。俺と加藤は獲物を探し、かれこれ一時間は走っただろう。毎週決まって入れ食いの土曜の晩ならいざ知らず、平日の今夜はどうもヒットしない。やつらが平日に出てこないとなると、案外、昼間はちゃんとした職業についているのかも知れない。俺たちの頃は完全にドロップアウトした奴らばかりだったが、集団で走ることすら無くなった最近の暴走族(・・・族じゃないな、なんて呼んだらいいのか)には、俺たちには分からない彼らなりの事情があるのだろう。もっとも、この世知辛い世の中でちゃんとした職業についていなければ高価なガソリンすら買えないだろうから、リスクを冒し駐車中の車からガソリンを盗むでもしなければ、昔の様な生き方はなかなか難しいのが現状だ。血のにじむ努力で稼いだ金を、真夜中に爆音を撒き散らすだけのアホな走りにつぎ込むのか?バカというか意味不明というか、そんなことで面白くなれるのだから、うらやましいとも思ったりする。まあ、もっとも俺たちだって、やってる事はやつらと変わるところなど無い。俺たちは追う方、奴らは逃げる方、という立場の違いはあるが、奴らと俺たちの大きな違いは、奴らは恐怖を覚えるだろうが、俺たちにはこの上ない喜びが待っているということだ。そろそろ奴らは気がついたろうか、ゲームはやつらが始めるんじゃない、俺たちが始めるのだということを。それを察知してか、最近になって奴らを見かけることが少なくなった様な気がする。ひょっとして俺たちは社会貢献をしているのではなかろうか、と、ふと思ったりもするが、結果が血みどろの惨状では反社会的であることは明らかだ。自分たちを正当評価してはいけない、俺たちは飽くまで「ゲーム」をしているのだ、結果がどうあれ、俺たちの求めているのは社会貢献などではないことを暗黙のうちに申し合わせていた。

山手通りを真っ直ぐ進み、中野方面へ右折すると、誰もいない道路のはるか向こう側に、左右に揺れるテールランプが見えた。街灯の多い幹線道路と違い、夜の闇が重くのしかかってくる。この闇だ、これが俺らの血を騒がせる、エンドルフィンが音を立てて脳内に溢れるのが分かる。それは加藤も一緒だろう。俺と加藤はお互いを見合い「いくぞ」という意味合いのハンドサインを出した。俺たちは一気にアクセルをひねり、強大なエンジンのひねり出すトルクに任せるまま、一気に160キロまで加速した。そして、テールランプの手前約500メートルあたりでキルスイッチを押し、エンジンの火を落とした。全ての灯火を消し、惰性だけで奴らに近づく。先ほどまで響かせていた野太いエンジン音は、チェーンの回転するシャリシャリした乾いた音だけとなり、奴らに聞こえることはないだろう。暗闇から高速で忍び寄る様は、まるでステルス戦闘機で隠密の破壊活動をするパイロットの気分だ。あと100メートル、504・・・3・・・2・・・